【イザヤ書研究】イスラエルの歴史における預言的パターン〜古典的預言と終末預言の中心的概念

こちらの記事は、イザヤ研究所インターナショナルから発行されている「終わりのことを初めから」 を個人的に研究し、学んだことを記録しているものです。
個人的な見解や表現も含まれておりますので、ご了承ください。

本日は、P.25-28からです。

イスラエルの歴史における預言的パターン


イザヤの時代も、そこから約100年後のエレミヤの時代も預言の負の側面が成就しました。
正の側面もいくつか成就しました。しかし、それは部分的な成就でした。それでは、預言が間違っていたのかというとそうではなく、その時代とは別の時代、「終末」における大規模な成就の預言も示していたからです。

他の古典的預言者たちもその同じパターンを使用しています。(ホセア、ヨエル、ミカ、エゼキエルなど)自分たちの時代に成就した負の事柄と、「終末」に成就する正の事柄を預言しました。


古典的預言と終末預言の中心的概念

終末預言の中心的概念は古典的預言と同じパターンになります。
負の側面も正の側面もそれぞれが単独で存在しているわけではなく、重ね合わせて存在しています。

ゼカリヤとマラキは、古典的預言者です。アッシリアとバビロンが侵略した後(負の側面)、そしてユダヤ人がバビロンから戻ってきた後(正の側面)も生きていました。両者とも、将来に訪れる「エホバの日」を預言しました。

ほとんどの学者は、イザヤの「エホバの日」の預言はアッシリアによって、エレミヤの「エホバの日」の預言はバビロンによって成就したと考えています。
しかし、本書では、すべての預言を成就させる「エホバの日」は一つだけであるとしています。

学んだことから感想
今回もまだ文章の意味をはっきりと理解できませんでした…。
歴史的なこともあれば、未来のこともあり、本当に時間が交差しているような複雑性を感じます。
ちょっとずつ学んでいきます。

Karin

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