腕立て伏せとドーナッツ


スティーブはユタ州に住む青少年でセミナリーのクラスに登録していた。ユタ州ではセミナリーは学校の教科課程に組み込まれていて、クリスチャンセン兄弟はある学校のセミナリー教師として勤めていた。彼の教育方針はクラスのドアをいつも開け放しておいて、他のクラスから逃げ出してしまった生徒たちを受け入れるというものだった。ただ、その生徒がクリスチャンセン兄弟の決めたクラスの規則に従うという条件があった。

スティーブは他のどのセミナリー教師からも受け入れられず、6時間目の授業はクリスチャンセン兄弟の授業に参加することにしていた。スティーブはクリスチャンセン兄弟から「授業には遅れないように」と言われていたので、いつも授業の始まる2、3秒前に教室にすべり込み1番後ろの席に座っていた。授業が終われば1番先に教室から出ていくのも彼だった。

ある日、クリスチャンセン兄弟は授業の後、スティーブに話があるので教室に残るように頼んだ。放課後、クリスチャンセン兄弟は教室の隅でスティーブに質問した。
「スティーブ、君は体力に自信がある方だよね?」
「えぇ、まぁ。」
「腕立て伏せは何回ぐらい出来るんだい?」
「毎晩200回やっています。」
200回!?それはすごいな!…どうだろう、300回出来ないかな?」
300回ですか?分からないな
1度に300回もやったことがないし。」
「出来ると思うかい?」
「う~ん、やってみないと分からないけど
。」
「それじゃ、300回を10回のセットに分けてやってもらえるかい?ある目的のためにぜひ君にやってもらわないといけないんだ。出来るかな?やってくれないと困るんだけれど。」
「えぇ、多分
はい。やります。」
「よし!じゃあ、金曜日にやってもらおう。」

金曜日がやって来るとスティーブは早めに教室に入り、前の席に着いた。授業が始まるとクリスチャンセン兄弟はドーナッツがたくさん入った大きな箱を取り出した。そのドーナッツは普通ではなかった。特大サイズで中にクリームが入った渦巻きドーナッツだった。教室のみんなはそれを見てとても興奮した。なぜなら、その日は金曜日で、これはその日の最後の授業で、みんなはこの授業が終わればドーナッツも食べれるようだし、さっさと早めに切り上げて他のクラスの生徒たちよりも早く、自由になる週末が迎えられるだろうと考えたからである。

クリスチャンセン兄弟は教室の1番前の女子生徒に聞いた。
「シンシア、ドーナッツが欲しいかい?」
「はい!」
クリスチャンセン兄弟はスティーブの方を向いてこう頼んだ。
「スティーブ、シンシアがドーナッツをもらえるように腕立て伏せを10回してもらえるかい?」
「いいよ!」
スティーブはそう答え、机から離れると簡単に10回腕立て伏せをして見せた。終わると自分の席に戻った。クリスチャンセン兄弟はシンシヤの机の上にその特大のドーナッツを置いた。

クリスチャンセン兄弟は次の机の前に行き、こう言った。
「ジョー、ドーナッツが欲しいかい?」
「はい。」
「スティーブ、ジョーのドーナッツのために腕立て伏せを頼むよ。」
スティーブは10回腕立て伏せをした。ジョーはドーナッツをもらった。

同じことを繰り返して、1列目の生徒たち全員がドーナッツをもらった。スティーブは11人がドーナッツをもらう前に必ず10回ずつ腕立て伏せをした。2列目に入りスコットの番がやってきた。スコットはフットボールチームのキャプテンで、バスケットボールの花形選手でもあった。学校中の人気者でガールフレンドを絶やしたことがなかった。
「スコット、ドーナッツが欲しいかい?」
「えぇ
でも、僕は自分で腕立て伏せをしてそのドーナッツをもらいます。」
「だめなんだ。スティーブがやらなきゃ意味がないんだよ。」
「それなら、ドーナッツはいりません。」
それでも、クリスチャンセン兄弟はスティーブの方に振り向くとこう言った。
「スティーブ、スコットはドーナッツはいらないと言っているけれど、彼がドーナッツをもらえるように腕立て伏せをしてくれるかい?」
スティーブは何も言わず腕立て伏せをし始めた。
「ちょっと待ってください!クリスチャンセン兄弟!僕はドーナッツをいらないと言っているんですよ!」
「ここは私の教室で、今は私の授業で、これは私の机、このドーナッツは私のドーナッツなんだよ。いらないならこの机の上に置いておけばいいじゃないか。」
スティーブは10回腕立て伏せをした。クリスチャンセン兄弟はそう言ってドーナッツをスコットの机の上に置いた。

スティーブのペースは段々と落ち始めた。立ったり座ったりするのが負担になってきだしたので、腕立て伏せの合間に自分の席に戻らずに、床に座ることにした。額には汗がにじんでいた。

クリスチャンセン兄弟は3列目にさしかかった。生徒たちは少し怒り始めだした。クリスチャンセン兄弟はジェニーに聞いた。
「ジェニー、ドーナッツが欲しいかい?」
「いりません。」
「スティーブ、ジェニーはドーナッツはいらないと言っているけれど、ジェニーがドーナッツをもらえるように腕立て伏せをしてくれるかい?」
スティーブはそれに従って腕立て伏せを10回し、ジェニーはドーナッツをもらった。この時、何人かの生徒たちは「いりません。」と言い始めていたので、机の上には手をつけられていないドーナッツがいくつも並んだ。
スティーブはそれでも、11つのドーナッツのために大変な努力をして腕立て伏せを続けた。床には彼の額から流れ落ちた汗が、小さな水たまりとなり、腕と顔は疲れで真っ赤になっていた。

クリスチャンセン兄弟はロバートにスティーブがちゃんと10回腕立て伏せをするかどうか見るように頼んだ。ロバートはこの誰にも食べられないドーナッツのために、スティーブがつらい腕立て伏せをするのを見ることが耐えられなかった。しかし、ロバートはスティーブの側で数を数えた。

クリスチャンセン兄弟は4列目にさしかかった。この列は授業をずる休みしている生徒の空席があった。みんなは、この欠席者を差し引いても全員で34人の生徒がいることを知っていた。みんなはスティーブが最後まで腕立て伏せをやるのかを心配した。それでもクリスチャンセン兄弟は次から次へとスティーブに10回腕立て伏せをさせると、その空席にさえドーナッツを置いていった。

4列目の終わりに近づいた時には、スティーブは大変な思いをして1セットをやっと終えるようになっていた。1セットを終えるのに長い時間がかかるようになり、スティーブはクリスチャンセン兄弟に尋ねた。
「クリスチャンセン兄弟、11回床に鼻をつけないといけませんか?」
「いいや。君のやる腕立て伏せだから、君のやりたいようにやってくれていいよ。」
クリスチャンセン兄弟はそう答えたが、スティーブは同じように鼻を床に付けて腕立て伏せを続けた。

数分後、ずる休みしていたジェイソンが遅れて教室の後ろの入り口から入ろうとした。すると他の生徒たちが口々に叫んだ。
「入って来るな!」「外に出てろ!」
一体何が起こっているのか分からないジェイソンはみんなの突然の声にびっくりした。しかし、スティーブは頭を上げて喘ぎながら、
「いいから、ジェイソンを中に入れてやれよ。」
と言った。クリスチャンセン兄弟は
「ジェイソンが教室に入れば、彼の分も腕立て伏せをしないといけなくなるよ。分かっているね?」
と聞いた。
「はい。いいから、ジェイソンを中に入れてください。ジェイソン、入れ!」
「よし、じゃあ、今すぐにジェイソンの分をやってもらおう。ジェイソン、ドーナッツが欲しいかい?」
「えっ?は、はい
。」
「スティーブ、ジェイソンがドーナッツをもらえるように10回腕立て伏せをしてくれるかい?」
スティーブはとてもゆっくり、大変な苦労をして腕立て伏せを10回やり終えた。ジェイソンは何が何だか分からずにうろたえながら、ドーナッツを1つ受け取り、席についた。

クリスチャンセン兄弟は4列目を終えて、最後の列にさしかかった。スティーブの腕は1回ごとに震え、重力に逆らって体を持ち上げることがとても大変になっていた。大粒の汗が彼の額からしたたり落ちた。教室の生徒たちの中で涙を浮かべていない生徒は1人もいなかった。最後の2人の女の子はチアリーダーでとても人気のある生徒たちだった。クリスチャンセン兄弟は最初にリンダに聞いた。
「リンダ、ドーナッツが欲しいかい?」
リンダはそれに応えられなかった。声を詰まらせてただ頭を振るだけだった。
「スティーブ、リンダはドーナッツが欲しくないみたいだけどリンダのためにも腕立て伏せを頼むよ。」
スティーブはとてもゆっくりゆっくり、リンダのために腕立て伏せをした。
とうとう最後の女の子の番になった。
「スーザン、ドーナッツが欲しいかい?」
スーザンの涙は頬を伝っていた。
「クリスチャンセン兄弟、スティーブを手伝うことは出来ませんか?」
と聞いた。クリスチャンセン兄弟自身も涙を流しながら答えた。
「だめなんだよ。スティーブは1人でこれをやり遂げなければならないんだよ。」
そして、スティーブに頼んだ。
「スティーブ、スーザンのドーナッツのために腕立て伏せをやってもらえるかい?」
スティーブはさらにゆっくりゆっくり、力の限りを尽くして最後の腕立て伏せをした。彼は自分に求められた350回という腕立て伏せを全部やり遂げた。終わったと同時にスティーブは腕をぐったりと伸ばして床に倒れ込んだ。スティーブの荒い呼吸の音だけが金曜の午後の教室に響いた。

クリスチャンセン兄弟は静かに言った。
「これが私たちの救い主イエス・キリストなんです。天父に『私の霊をお受け下さい』と願い、全ての業を終えたことを理解して、全人類のために十字架の上で亡くなられたのです…
。神からの最大の贈り物を望まなかった人たちのためにさえ、その命を捧げられたのです。」

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「腕立て伏せとドーナッツ」作者不明
紙切れの書かれた本より抜粋と改変。


英語ですが、動画もありました。

このお話が実話なのか、フィクションなのかはわかりませんが、聞いているうちに、自分もクラスの一員となって、心が苦しくなるような感覚があります。

イエス様が一人一人に対して贖いをなさったこと、たとえ福音を受け入れなかった人の罪の苦しみさえ引き受けてくださったこと、それをたった一人でなさったことがこのお話からわかります。

Karin






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